幸せは自分でつかめる 仏教と自分

【今の自分が主人公 仏教と自分】
自分は仏教の僧侶になる以前は、世間で言うところの占いや霊能鑑定などに頼り、それらに翻弄されておりました。
ある時、他人に自分の運勢を聞いてそれに従うよりも自分がその仏教の道に入門してみようと思い、一生懸命に占いの勉強をしまして、人様に一応の御指導をして差し上げられるようにはなりました。

確かに占いというのは、事前に運勢が良くなるか悪くなるか等の将来を予知することができ自分の不幸を最小限にくいとめることなどもできますが、自分の運命や運勢を知ってそれに翻弄される生き方になってしまうのは決して良い生き方ではないことに気が付いたのです。
仏教の僧侶になって仏教 お釈迦様の教えに触れ、深く知るにつけてそのことに確信をもっております。
自分の運は自分で拓くもの。幸せは自分で生み出すもの。受け身の人生はつまらないもの。仏教とはそういった教え・・・。
遠くインドの地から全世界に広められ、二千五百年という長い時の風雪に耐えた仏教の尊い教えは、永遠不滅の真理として現代に生きる我々を導いて下さっています。仏教は決しておどろおどろしい宗教であったり、難しい学問というのが仏教の本当の姿ではない。
どうしたら「自分が幸せに暮らしていけるか」を非常に分かり易く説いているのが仏教の本当の姿なのであり、今ここに生きている自分たちが主人公。一度きりの人生、悔いのないように、どうせなら幸福に生きてみませんか。

【仏教と自分 成田山相談室開設にあたって】
 開山より当山にて相談を行いましたところ、多くの悩める皆様から多数の御相談事が寄せられています。
しかしながら、当時は今のようにしっかりとしたシステムもなく、その方その方に応じた仏教法話をお聞かせしてお心をお慰めしておりました。
そのような状況に私は満足できず、もっとしっかりとした悩みごと解決、生きがい獲得のためのシステムはないものかと思案しておりましたところ、四諦八正道という仏教の基本中の基本の教えが、実は最良の方法であることに気が付いたのです。それをもとにして研究を重ね、当山独自のノウハウを作り上げ今は自信をもってお手伝いさせていただきます。

【仏教と自分 幸福をつかむための科学的システム】(第1回女性のための講演回より)
 私は子供の頃からお寺や仏教に御縁がありまして、自分なりに仏教を研究していくうちに仏教とは幸福になるための方法を説いたシステムであることに気が付きました。
仏教とはブッタの智慧(ちえ)のことであります。今でこそ仏教は宗教になっておりますが、もともとは人生哲学。どうしたなら幸福に生きられるのかを説く、それが仏教なのです。
仏教から宗教性を取り除くと、「智慧」が残ります。世間一般に言うところの「知恵」とは違い、ここで言う仏教「智慧」は宇宙の真理のことで人間が心身ともに豊かに生きるノウハウなのです。それを会得することによって人は幸福になれるのです。ではその真理とは一体何なのでしょうか。

【仏教と自分 宇宙の真理「緑」】
 この世のものは全て関わり合いながら存在し、このことを「縁」(えん)と言います。そして、その関わり合いによって、いかようにも変化するので、全てのものは実体がありません。これを仏教では「空」(くう)といいます。
 自分たちの生きている世界に目を向けてみますと、自分たちの周囲には、多くの関わり合いの要因が在ります。親、子供、配偶者、友人、物、お金など様々です。それら全てが実体をもたない「空」なのです。これとは逆に、この世の全てのものは実体があるとする見方を、仏教では「有」と言います。

【仏教と自分 心がこの世をつくっている】
 しかし、本来実体が無い世界にあって、自分たちは「苦」(この世の苦しみ)や「楽」を感じてます。一体、何がそうさせるのでしょうか。それは、自分たち一人一人の心です。
 自分たちは、先に述べた「有」、すなわち本来実体の無いものに執着している状態になりがちなのです。「有」を離れて「空」に目覚めれば、何等のとらわれもなくなり、心安らかに生活できるようになります。
 実は自分たちというのは、この世があって存在しているのではありません。自分たちの心がこの現実世界を生み出しているのです。ですから心次第で苦にも楽にも、いかようにでも変化するのです。
 では、そういった人の心とは一体どんなものなのでしょうか。

【仏教と自分 心のなかみ】
 実は人の心の中には「貪」(とん)、「瞋」(じん)、「癡」(ち)という生まれながらにして誰もがもっている性質が存在するのです。仏教で「貪」はむさぼりの欲望。「瞋」はいかりの欲望。「癡」はなまけの欲望です。
「空」の特性をもつこの世のものに、自分たちがこの貪、瞋、癡の色でぶつかる(これを我欲といいます)と「苦」の世界を生み出してしまうのです。
 このとき、貪・瞋・癡の姿は既に過去のものとなってしまって、現在の状態に溶け込んで見えなくなっている為に、「苦」を生み出した自分の心を恨まずに、現実世界を恨むといったことをするようになるのです。

【仏教と自分 「苦しみ」からの脱出】
 それでは、「苦」からの脱け出すにはどうしたらよいのでしょうか。ここまでの話を聞いて、貪・瞋・癡のエネルギーをぶつけるようにするのです。それは、「正しい行為」をするということにつながっていくのですが、あなたは「正しい行為」が出来ているでしょうか?


     


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